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染色体正常な胚を移植しても流産に至るのはなぜか?

論文紹介

2017年1月の、HART TVカンファレンスで取り上げた論文を紹介します。
※内容をざっと知りたいという方は、「要約」と「解説」をお読みください。

“Why do euploid embryos miscarry? A case-control study comparing the rate of aneuploidy within presumed euploid embryos that resulted in miscarriage or live birth using next-generation sequencing”

(Fertil. Steril., 2016)

「どうしてeuploid胚は流産に至るのか?euploidと判断されたが流産または出産に至った胚に対し、次世代シークエンサーを使ってaneuploidyの割合を比較した症例-対照研究」

・要約
PGSによる遺伝子の解析方法には、アレイCGHという方法が一般的に行われてきましたが、近年次世代シークエンサー(NGS)という精度の高い方法が用いられるようになっています。この方法を用いて、アレイCGHでは正常と診断されたが流産に至った胚からのサンプルを再解析したところ、染色体異常(主にモザイク)が多くみられたという報告です。

・目的と方法

アレイCGHによるPGSを行って染色体数が正常と診断された胚を移植して流産だった場合に、検査で検出できなかった染色体異常がどの程度影響しているかを明らかにするために、38名の流産患者と同数のコントロール(出産群)に対し、保存されたDNAサンプルをNGSを用いて再検査し、結果を比較しました。

・結果

流産群ではアレイCGHによるPGSで正常と診断された胚の31.6%がモザイクであり、5.2%が3倍体でした。コントロールでは、モザイクは15.8%で、3倍体の検出はありませんでした。つまり正常胚と診断されたものの中にも、流産群ではコントロールの約2倍の染色体異常胚が含まれており、有意に高い割合でした。

・まとめ

NGSを利用することでより多くの染色体モザイクや倍数体を検出することができる可能性があります。また、モザイク胚の一部は出産に至るため、破棄されるべきではないと考えられます。

・解説

PGSの手法として、アレイCGHに代わる方法としてNGSが近年利用されるようになってきました。NGSの利点は、高い精度(染色体の本数については感度・特異度ともに100%)と、低いコスト、アレイCGHでは検出できなかったDNAの微小な欠失や余剰なども検出できることなどが挙げられます。モザイク胚とは、一つの胚の中に2つ以上の染色体数をもつ細胞が混在することで、このような胚でも、異常な細胞が淘汰されて正常な出産に至る例もあることが知られています。NGSでは、その高い精度から、アレイCGHでは検出できないモザイシズムも検出することができます。

この報告より、以下の2つのことが言えます。

  1. NGSを用いたPGSでは、正常胚を移植した場合、従来型のアレイCGHによるPGSで報告されているより高い妊娠率と低い流産率が期待できる。
  2. 一方、NGSを用いたPGSでは生まれるはずの胚を排除してしまうリスクも含んでいる。モザイクと診断された胚でも正常妊娠に至る可能性があり、他に選択肢がない場合移植の候補として考えられるべきである。

1.について

PGSに関する大規模調査の結果では、流産率を減少させるものの、妊娠率を有意に上昇させるとは言えず、世界的な学会においても有用性については結論が出されていません。しかし、これらはアレイCGHを用いた場合の結論であり、NGSを用いた場合は有用性が認められる可能性があります。今後の調査報告が期待されます。

2.について

本研究結果から、正常出産の約15%もがモザイク胚であったことがわかりました。モザイク胚の何割が出産に至るかは、現時点で学会報告レベルでしか報告がありませんが、26%が継続妊娠に至るとも報告されています。流産予防というPGSの本来の目的を考えると、モザイク胚を移植するかどうかは難しい問題ですが、他に選ぶ胚がない場合、移植を積極的に検討してもよいのではないかと考えられます。

モザイク胚から正常な染色体の児が生まれる理由としては、胚の発育段階で細胞分裂の際に分配異常を起こした細胞は淘汰されるか外側に押しやられ、胎児になる部分には染色体数の正常な細胞が優先的に残ると考えられており、さらにPGSで採取するのが胎盤になる部分の細胞であるため、児の染色体は正常であってもモザイクが検出されると考えられます。これは多くの研究により裏付けられています。

このことから、モザイク胚は全て破棄されるべきではなく、場合によっては移植を検討してもよいと考えられます。ただし流産予防と治療期間の短縮という意味でも、移植後には羊水検査を行うことがすすめられます。